2011/10/19

奇人は世界を征すーエキセントリックー

「エキセントリック」奇人は世界を征す
著者 荒俣宏

























憧れている言葉がある
「博覧強記」
(広く書物を読み、それらを非常によく記憶していること。知識が豊富なこと)

荒俣宏さんを紹介してる文には必ずこの言葉が記されている
そして「本」に使ったお金、使った時間
その情熱というか取り組みの姿勢といおうか
常軌を逸するエピソードの数々も書かれている
自分はマンガが好きだし、魚とかウニが好きだし、相当に趣味が変だから
自分自身が相当にしっかりしていないといけない。
お金持ちになるとか、モテるとか、おいしい食べ物とか
もう世間並みの幸せはあきらめよう
と、7、8歳の頃に考えたそうだ。
そして、そのように人生を歩み、現在もたくさんの著書を残していっている
時間が余るからと読書するのではない!
読書のために他の「楽しみ」をあきらめてしまうのだ!

私はもう…自分で「本が好き!」なんていってるのが、恥ずかしくてなってしまう
残念な事だけど「本」が主役の人生を行き切るには
あまりにも欲深く、あまりに俗物だ…

荒俣宏によるエキセントリックの定義とは下記のとおりだ
奇行に走る事を意味しない、まして自己を顕示することではない。
中心から外にいること。周辺にいて、中心の権威に属さない位置。
その位置を保ちながら、しかも中心を脅かす。
隠者であろうとしながらも、常に他者に影響を及ぼす存在である。
第一部でエキセントリックとして紹介されてる人たち
まず粘菌の研究者として有名な南方熊楠
年中裸で暮らし、カンシャク持ちで、お酒をたくさん飲むとかの
奇行の部分のみが世間に伝わっているが
明治初期に単身海外に出かけサーカス団に入ったりしながら
世界中をまわり、独学で19カ国語もマスターし
帰国後は在野の学者として博物学、民俗学の研究を続け
日本の博物学研究を世界的レベルに高めようとした人だ

その仲間として
植物学者の牧野富太郎、明治期から昭和初期のジャーナリスト宮武外骨
画家の岸田劉生などを取り上げている

そして水木しげるさんと一緒にパプアニューギニアへ旅した話
なぜか、清田益章さん(この頃超能力少年として話題だった)との
念写の実験の話などもある

第二部では海の向こうのエキセントリックとして
ウィリアムブレイク、スティーブン・ホーキング、アラン・チューリング
なども紹介している

私は個人的にウィリアムブレイクに興味を持っている
大江健三郎の「新しい人よ目覚めよ」という作品を読んで
ウィリアムブレイクという人物を知った
18世紀の画家であり詩人だが、作品が好きとかそういう興味ではない
彼は「幻視(ヴィジョン)」を体験する「感応者(センシティヴ)」だ
ブレイクは芸術家の持つイメージは生まれながらに備わるもので
決して後天的には獲得されないと信じていた
教育されたものではない、生まれつきもつ自前のイメージ
それを表現するものが「美術」であり「詩」である
彼にはありもしない光景が、視覚図像として細部までありありと見え
彼のほとんどの作品がこの「幻視」によるイメージを表したものだ
そして「天使」と「死んだ弟」と、霊的に話すことができた
霊媒を通さずダイレクトに話すということ、それにヒントを得て
他の専門技術者(版画の場合彫る人、刷る人、色を付ける人など)を介さないで
ダイレクトに銅板に書き込む版画の新しい技法なども発明したりしている
(ブレイクに関しては、あまりに話が逸れそうなので
また改めて書いてみようと思う)

第三部は「コレクターの奇説と愉しみ」と題して
コレクターと呼ばれる人たちの、おかしなこだわりやら
それ集めてどうすんの?って思ってしまうコレクションが紹介されている
そしてこんな一説が  
「女は現金と宝石しか集めない」傾向があると思う
これらは最初から「宝」として認定されたモノで
誰が見てもその価値を理解できる
そうでなければ女はそれを集めない
男はガラクタ玩具を集めたがる
他人にはまったく無価値に見えれば見えるほど
悲しく、嬉しい。
自分だけが価値を見つけ、宝に変えられるのだから
この悲しさが好きな人のことを「マニア」と呼ぶ
と書かれてるが…

好きになった人を妹に紹介した際に
 「ねーちゃん、マニアにもホドがある」と諭された経験を持つ私
この文章の意味がわかるような…
わかりたくないような…






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